ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

2020-01-01から1年間の記事一覧

軌道修正

修正剤を飲み始めた。 朝晩二回飲むのだが、 飲み始めて二日目から 医者が言っていた副作用が出始めた。 二日目の夜、 過去に嫌っていた人たちの姿が 次々と脳裏に浮かび上がり、 どうしようもない怒りに震えた。 どれも取るに足らないこととして、 記憶の中…

ゆがんだ中性子

ある朝、目覚めてみると 背中の左側の筋(すじ)が痛かった。 何をしていても 背中にキンキンとした痛みが走るので、 これは大変だと 医者に診てもらうことにした。 診療所にいた若い男の医師は 穏やかな笑みを浮かべながら、 どうしましたか、と尋ねてきた。 …

流星の如く

冷え込みの激しい冬の夜のこと。 僕はコートの襟を立て、 一人夜道を歩いていた。 小さな木の橋を渡ろうとすると、 どこに潜んでいたのか、 突然一人の女性と二人の男性が現われた。 そして、 いきなりお金を恵んで欲しいと言ってきた。 「わたしたちはよそ…

神様をまた逃した話

よく晴れた日曜の午後、 街を歩いていると、一人の女性が突然、 人ごみの中から現われ、 僕に話しかけてきた。 「財布を落として困っています。 家に帰るバス代を恵んでくれませんか」 僕は彼女の姿をまじまじと見つめた。 長い髪を真ん中で分け、 胸に「OH!…

神様を逃した話

ある晩秋の夕暮れ時、 僕は小型バイクを運転し、 家路を急いでいた。 広い道で信号待ちをしていると、 民家の影から一人の太った老婆が 飛び出してきた。 黒く汚れた布を頭からほっ被りにし、 擦り切れて穴の開いたズボンに、 色の褪せた 綿入りのポンチョを…

神様を逃した話

ある晩秋の夕暮れ時、 僕は小型バイクを運転し、 家路を急いでいた。 広い道で信号待ちをしていると、 民家の影から一人の太った老婆が 飛び出してきた。 黒く汚れた布を頭からほっ被りにし、 擦り切れて穴の開いたズボンに、 色の褪せた 綿入りのポンチョを…

言葉のあじ

コーヒーでも飲もうと思い、 スタンド式のカフェに入ると、 カウンターではコーヒーを注文する人たちの 長い列ができていた。 仕方なく列の最後尾に並び、 やっと自分の番が来た。 「何になさいますか」 店員がメニューを差し出した。 メニューには「コーヒ…

時計回りの人

会議の席でのこと。 いかに自分が 素晴らしい実績を上げているか、 ということをT氏が得々と語っていた。 彼の話は一向に終わらず、 誰かが他の人の功績を褒めれば、 その人をいかに上手く手助けしたかを、 自慢げに延々と述べ続ける始末だった。 「オレは…

陽、極まる

満月の夜のことだった。 僕はこの日、 入会したばかりのジムで筋トレをしていた。 さまざまなマシンが並ぶ、 人気(ひとけ)のないフロアで、 僕は茶色い鉄がむき出しになった ダンベルを適当に上げ下げしていた。 しばらくすると、 一人の筋骨逞しい男がやっ…

流星に乗った人

街でもっとも高い建造物である 貯水塔のはしごを、 十歳くらいの子供が登っているというので 急いで表へ出て見てみた。 地上ではすでにたくさんの見物人が 集まっていて、みな口々に、 彼は流星を捕まえるらしい、とか、 流星を捕まえたとしても焼け焦げてし…

ちょっとしたおしゃべり

「何もないのにどうしてやつはあんなに 悲しんでいるんだ。何もないのに」 と太陽が地球を見て言った。 「何かあるから悲しんでいるんでしょうよ」 と月が答えた。 「そんなことあるものか」 「それじゃあ、 直接聞いてみればいいでしょう。 なんで悲しんで…

彗星がチェックインした話

ホテルのロビーでチェックインしようすると、 狐のような眼をした女性スタッフから、 今日は満室だと告げられた。 「そんな。ちゃんと予約しましたよ」 僕は抗議した。 だが、今日は急な団体客があり、 部屋はないのだという。 「ひと部屋もないのですか」と…

望郷

もう、それは懐かしくて。 とてつもなく懐かしくて。 切なくて、狂おしいほどに懐かしくて。

ハートフクロウの逆襲

夜道でいきなり 大きなフクロウと鉢合わせになった。 顔の形がハート型だったので、 ハートフクロウだとすぐに判別できた。 こんにちは、 と挨拶をして通り過ぎようとしたら、 すれ違いざま、ハートフクロウがすっ、 と僕のみぞおちの辺りに体当たりして来て…

宇宙の母

雨があがったばかりの満月の夜、 ススキが生い茂る土手の上を 歩いていると、 大きなまんまるいお月さまを背に、 おかっぱ頭の女性がひとり、 土手の中腹にしゃがみこんでいるのが 見えた。 「どうしたのですか」僕が声をかけた。 「あと一個なんですけど、 …

貴様はどこにいる

空いっぱいに飴玉のような満月が輝く夜、 ほろ酔い気分で 石畳の街路を歩いていると、 建物の角を曲がったところで お星さまに出くわした。 向こうも相当酔っているらしく、 出会い頭に、思い切りおでことおでこを、 がっちんこした瞬間、 互いに後ろへ尻も…

星の子の主張

ある日、生まれたばかりの星の子が、 お日様とひとつになるのだ、と言いだした。 もちろん周囲の星たちは 全力で引き止めようとしたが、 星の子はさんざん駄々をこねた挙句、 そのまま、 お日さまめがけて突進して行ってしまった。 「あれだけ忠告してやった…

月になりたかった彗星のはなし

一生懸命お日様から離れようとしている 水星を助けたくなったお月様が、 水星に向かって しこたま大きなくしゃみをしたところ、 その弾みで 自分が地球から遠く弾き飛ばされてしまい、 気づいた時には、銀河の果てで、 わけのわからない惑星の周りを まわっ…

星くずの襲撃

ある夜の出来事。 くすの木の丘のてっぺんに寝そべり、 満点の星空を眺めていた。 「こんなに小さな星くずが集まると、 光のベールになるんだな。きれいだなあ」 とひとり言を呟いた途端、 夜空に輝いていた星くずたちが、 一斉にこちらへ向かって、 射るよ…

それから

それから、 僕は大きな光の球体になって、 それはもう、 とてつもない大きな光の球体になって、 ひとり、ぷるんぷるんしていました。

小人天狗

ホテルの部屋で、 紅茶を飲みながら物語を書いていたとき、 部屋の隅をたくさんの小さな何かが、 ちょこちょこ動き回るので、 何かな、と思って目を凝らしてみると、 豆粒大の小人天狗が、 テーブルの脚を滑り下り、 カーテンの陰へ走り去るのが見えた。 麻…

乗り換え御免

午前零時発の夜行列車に乗り、 切符に書いてある四号車のコンパートメント に向かうと、若い会社員風の男と、 黒いドレスを着た女性が シートに腰かけていた。 失礼します、と言って、 僕が荷物を棚に置き、 自分のシートに腰を下ろした。 「こんにちは」と…

河童童子

夕闇迫る堤防の土手を歩いていると、 大きなハート型をした何かと、 小さなハート型をした何かが二つ、 黄緑色の蛍光色を発しながら 河原を移動しているのが見えたので、 何だろう、とよく目を凝らして見てみると、 河童の親子のお尻だった。 河童の親子は河…

地球の女の自慢話

火星の月が吹き飛ばされて、 それを吹き飛ばしたのは私だ と言い張る地球の女と、 それを吹き飛ばすよう指示したのは私だ と主張する金星の女の間で口論となり、 髪を引っつかみ合う大げんかの末、 火星の月は自ら吹き飛んで行くのを見た という地球の月の証…

光の間(ま)は予約できたのか

山の上のホテルにあるバーにいたとき のこと。 ロビーの方から 男性の大声が聞こえてきた。 一体何ごとか、と ロビーの方を覗いてみれば、 身なりのきちんとした老夫婦が、 フロントのスタッフに文句を言っていた。 「一体どうなってるんだ。 わしらはもう一…

逃げ出した彗星

月のない夜、畑の中の一本道を 提灯片手に歩いていると、 空に流れ星が流れ、 森の中へ落ちたと思ったら、 それがいきなり森の茂みの中から 飛び出してきて、僕にぶつかると、 ひゃひゃひゃ、と笑いながら、 丘の方へと転がってゆき、 最後は〝ボン〟と弾けて…

天狗さま

夜市の帰り、夜店で釣ったポン玉を ポンポンさせながら家路を急いでいると、 前方を、天狗さまが二人、 連れ立って歩いているのが見えた。 なにやら楽しそうに話をしているので、 何を話しているのか聞いてやろうと、 僕は足早に 彼らの背後へと近づいて行っ…

彗星のカケラ

古いホテルの一室で書き物をしていたとき、 誰かが扉をノックしたので出てみると、 礼服を着た初老の紳士が立っていた。 「突然の御無礼。お許しを」 紳士が僕に向かって深々と頭を下げた。 僕がどうしたのですか、と尋ねると、 紳士は穏やかな口調で、 早く…

こんこん

満月の夜、池のほとりを歩いていると、 池の中央に浮かぶ浮見堂に、 白い着物を着た髪の長い女が、 灯篭を片手に立っているのが見えた。 こんな夜中に何をしているのだろう、 と思いながら、僕は歩を止め、 しばしその女の様子を観察した。 女は月の光を受け…

コネコデバンバン

お祭りの夜、屋台がずらりと並ぶ通りを、 大勢の人たちと一緒に、 丘の上へ向かって進んだ。 丘の上に組まれたやぐらの上では、 白い狐や赤いカラスのお面をかぶった 奏者がお囃子を奏で、やぐらの周りでは、 猫のお面をつけた人々が、 「コネコデバンバン」…