ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

月になりたかった彗星のはなし

一生懸命お日様から離れようとしている 水星を助けたくなったお月様が、 水星に向かって しこたま大きなくしゃみをしたところ、 その弾みで 自分が地球から遠く弾き飛ばされてしまい、 気づいた時には、銀河の果てで、 わけのわからない惑星の周りを まわっ…

星くずの襲撃

ある夜の出来事。 くすの木の丘のてっぺんに寝そべり、 満点の星空を眺めていた。 「こんなに小さな星くずが集まると、 光のベールになるんだな。きれいだなあ」 とひとり言を呟いた途端、 夜空に輝いていた星くずたちが、 一斉にこちらへ向かって、 射るよ…

それから

それから、 僕は大きな光の球体になって、 それはもう、 とてつもない大きな光の球体になって、 ひとり、ぷるんぷるんしていました。

小人天狗

ホテルの部屋で、 紅茶を飲みながら物語を書いていたとき、 部屋の隅をたくさんの小さな何かが、 ちょこちょこ動き回るので、 何かな、と思って目を凝らしてみると、 豆粒大の小人天狗が、 テーブルの脚を滑り下り、 カーテンの陰へ走り去るのが見えた。 麻…

乗り換え御免

午前零時発の夜行列車に乗り、 切符に書いてある四号車のコンパートメント に向かうと、若い会社員風の男と、 黒いドレスを着た女性が シートに腰かけていた。 失礼します、と言って、 僕が荷物を棚に置き、 自分のシートに腰を下ろした。 「こんにちは」と…

河童童子

夕闇迫る堤防の土手を歩いていると、 大きなハート型をした何かと、 小さなハート型をした何かが二つ、 黄緑色の蛍光色を発しながら 河原を移動しているのが見えたので、 何だろう、とよく目を凝らして見てみると、 河童の親子のお尻だった。 河童の親子は河…

地球の女の自慢話

火星の月が吹き飛ばされて、 それを吹き飛ばしたのは私だ と言い張る地球の女と、 それを吹き飛ばすよう指示したのは私だ と主張する金星の女の間で口論となり、 髪を引っつかみ合う大げんかの末、 火星の月は自ら吹き飛んで行くのを見た という地球の月の証…

光の間(ま)は予約できたのか

山の上のホテルにあるバーにいたとき のこと。 ロビーの方から 男性の大声が聞こえてきた。 一体何ごとか、と ロビーの方を覗いてみれば、 身なりのきちんとした老夫婦が、 フロントのスタッフに文句を言っていた。 「一体どうなってるんだ。 わしらはもう一…

逃げ出した彗星

月のない夜、畑の中の一本道を 提灯片手に歩いていると、 空に流れ星が流れ、 森の中へ落ちたと思ったら、 それがいきなり森の茂みの中から 飛び出してきて、僕にぶつかると、 ひゃひゃひゃ、と笑いながら、 丘の方へと転がってゆき、 最後は〝ボン〟と弾けて…

天狗さま

夜市の帰り、夜店で釣ったポン玉を ポンポンさせながら家路を急いでいると、 前方を、天狗さまが二人、 連れ立って歩いているのが見えた。 なにやら楽しそうに話をしているので、 何を話しているのか聞いてやろうと、 僕は足早に 彼らの背後へと近づいて行っ…

彗星のカケラ

古いホテルの一室で書き物をしていたとき、 誰かが扉をノックしたので出てみると、 礼服を着た初老の紳士が立っていた。 「突然の御無礼。お許しを」 紳士が僕に向かって深々と頭を下げた。 僕がどうしたのですか、と尋ねると、 紳士は穏やかな口調で、 早く…

こんこん

満月の夜、池のほとりを歩いていると、 池の中央に浮かぶ浮見堂に、 白い着物を着た髪の長い女が、 灯篭を片手に立っているのが見えた。 こんな夜中に何をしているのだろう、 と思いながら、僕は歩を止め、 しばしその女の様子を観察した。 女は月の光を受け…

コネコデバンバン

お祭りの夜、屋台がずらりと並ぶ通りを、 大勢の人たちと一緒に、 丘の上へ向かって進んだ。 丘の上に組まれたやぐらの上では、 白い狐や赤いカラスのお面をかぶった 奏者がお囃子を奏で、やぐらの周りでは、 猫のお面をつけた人々が、 「コネコデバンバン」…

終点近くでさらわれた話

夕方、路面電車に乗り、 家路を急いでいた時のこと。 チンチン、とベルを鳴らしながら進む 車両のつり革につかまり、 ぼうっとしていたら、途中の駅で、 月光のように光る顔の男が乗ってきた。 スイカ提灯のように 目と鼻と口がくりぬかれた顔を見て、 以前…

さっと後ろへ持って行かれた話

どーんと大きな爆発音がして、 はっと顔を上げた途端、 大きなお星様にうしろからばっ、と 首根っこを掴まれたかと思うと、 さっと、 あっちの世界へ持って行かれてしまった。

天(てん)ころがし

うららかな春の午後、木漏れ日の里にある 満開の桜の下に寝そべり、 舞い落ちる桜の花びらを見ながら、 小鳥たちのさえずりを聞いていた。 草の匂いに混じって、 桜の花の甘い香りも漂っている。 僕が春のさわやかな空気に酔っていると、 直径十センチくらい…

キレた空間

風のつよい冬の昼下がり、 人気のないカフェの窓辺で、 真っ赤なソファに腰かけ、 一人カフェオレを飲んでいた時のこと。 僕は温かいカップを両手で持ちながら、 寒風吹きすさぶ通りを 窓ガラス越しに眺めていた。 街路樹はガサガサと乾いた音を立てて 揺れ…

お月様が乗った話

夕方の地下鉄に乗っていると、 山高帽に茶色いレインコートを着た男が 吊革に掴まって立っていた。 よく見ると、男の丸い顔は スイカ提灯のように目と鼻と口が くり抜かれたようになっていて、 お月様のように青白く光っている。 こんなに光っている人も珍し…

ひきこんもり

花屋の軒先に 「ひきこんもり」の鉢植えが並んでいた。 「今日入荷したばかりなんですよ。 〝こんもり〟の部分は ふつう紫なんですけど、 赤いのは珍しいんです。新種ですよ」 店員が話しかけてきた。 「〝バン〟まではどのくらいですか」 僕が店員に訊いた…

玉苑

玉苑(たまえん)に水銀の滝がある というので、立ち寄ってみた。 森のようになった苑内をあちこち歩き回り、 水銀の滝を探すがみつからない。 人に聞いても知らないという。 いつしか日が傾きはじめ、 人影もまばらになった。 もう帰ろうと思っていたころ、 …

ヒカリのカク

流れ星がひっきりなしに降り注ぐ夜だった。 バーでラムをしこたま飲んだ帰り道、 雨に濡れた路上で男が一人、 マンホールの蓋を開けようと 必死になっているのを見かけた。 男は腰を折り曲げ、マンホールに付いて いる開閉用の取っ手を掴み、 必至で引っ張り…

地球のタネ

半径20メートルくらいの輪(わ)の上で 二人の人間が向かい合って立ち、 それからその輪の上を、 同じ方向に向かって互いにぐるぐるぐるぐる 回り続けるというゲームをしていた。 追いついて 相手の背中にタッチできれば勝ちだ。 一人が全力で輪の上を回れば…

わわーっと駆け下りたもの

ハロウィンの夜だった。 僕は飛行機に乗っていた。 コートを預け、広々としたファーストクラスの 座席に腰をおろすと、真っ赤な口紅を つけた客室乗務員の女性が、 シャンパンが入ったグラスを、 トレイに載せて持ってきてくれた。 グラスを受け取り、飲もう…

苔(こけ)の木谷まで

バーでしこたまジンを飲んだ夜、 バーの前で客待ちをしていたタクシーに 飛び乗り、家路についた。 「楓(かえで)の森までお願いします」 僕が行き先を告げると、 運転手は面倒くさそうな表情で 車を発車させた。 しかし、途中まできたとき、 僕は自分の家で…

主張する植物

朝から喉が渇き、水ばかり飲んでいた。 ふと部屋にある観葉植物を見れば、 鉢の中の土がからからに乾いていた。 僕はジョウロを取り出し、洗面所へ向かった。 「植物はかわいそうだな。自分の力で自由に 水も飲みに行けないのだから」 こんなひとりごとを呟…

弱虫N氏

星がまたたく夜、 床一面に枯葉が敷きつめられたバーで、 僕はN氏とバーボンを飲んでいた。 「なあ、キミ」N氏が言った。 「なんですか」僕が答えた。 「ちょっと僕になってみる気はないかな」 「えっ?」僕がN氏を見た。 「まあ君にその気があればの話だ…