ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

想いの花火

朝、目を覚まし、洗面所で顔を洗おうと、 洗面台の鏡の前に立ったところ、 自分の頭がそっくりそのまま 失くなっていることに気づいた。 よく観察してみると、額から上が すぱっと切り取られたように消失し、 ウツボカズラの口のような空洞が、 天に向かって…

シガー紳士

僕がカフェテラスでコーヒーを飲んでいると、 シルクハットを被った年配の紳士が やって来て僕の近くの席に腰掛け、 ひとり葉巻を吸いはじめた。 紳士はドライシガーの先に ライターで火をつけ、一服した。 やがて、葉巻から立ち上る紫煙とともに、 甘い香り…

ビット語

公園のベンチ腰掛け、 ぼんやり空を眺めていた時のこと。 ふと、 前方の小道をこちらへ向かって歩いてくる 男女のカップルの会話が聞こえてきた。 「そんなことを言ったって、00101010010 100なのだから仕方ないだろう」 と男が言った。 「そ…

飛んだ赤ちゃん

赤ちゃんが飛んでいる、 と通りで叫ぶ人の声が聞こえ、 慌てて表に出て見ると、 通りの一角に人だかりができていた。 人だかりがする方へ近づいてゆくと、 突然わーっ、と叫び声が上がり、 人だかりの中から、ポンッ、と 赤ちゃんが飛び出してきた。 赤ちゃ…

ききバラ園

ねむの里を散策した帰り、 ききバラ園の前を通りかかった。 背の高い鉄格子の塀で囲まれた そのバラ園には、 色とりどりの珍しいバラが植えられており、 自由に〝ききバラ〟を楽しむことが できるようになっていた。 僕はしばし足を止め、このバラ園を眺めた…

まるいち

最近、目の前に、 無数の〝まるいち〟が飛ぶようになった。 まるいちというのは、 棒のような細長い胴体に、 半透明の丸い羽を持つ、 直径1ミリほどの小さな昆虫で、飛ぶときに 羽を円になるように三六〇度広げたり、 すぼめたりして飛び、その様子が、 丸に…

飛んだ赤ちゃん

赤ちゃんが飛んでいる、 と通りで叫ぶ人の声が聞こえ、 慌てて表に出て見ると、 通りの一角に人だかりができていた。 人だかりがする方へ近づいてゆくと、 突然わーっ、と叫び声が上がり、 人だかりの中から、ポンッ、と 赤ちゃんが飛び出してきた。 赤ちゃ…

エセ光子

街に一軒だけある電気屋の軒先に 人だかりができていた。 どうしたんだろう、と覗いてみると、 〝疑似光子発生装置〟の実演販売を やっていた。 この装置はずっと欲しいと思っていたので、 僕も実演を見物することにした。 「みなさん。 最近光子不足に悩ん…

いつでもここ

バス停で突然隣の老人から、 今何時か、と聞かれ、 腕時計を見ながら二時二十分だと答えると 何月何日の二時二十分か と訊き返されたので、 二月二十日の二時二十分だと答えたら、 「それじゃあ、 どの二月二十日の二時二十分か 分からないじゃないか」 と言…

ポンと上がった話

お囃子が鳴り響くお祭りの縁日に 〝ポン玉掬い〟の屋台が出ていた。 「いらっしゃい。いらっしゃい。 ポン玉掬いだよ。掬えたらすぐ上がりだよ」 水を張った大きな青い水槽の前で、 ピエロに扮した男が客寄せをしている。 幾人かの見物人が立ち止まり、 水槽…

ハート掃除人

家でコクの実で淹れたお茶を飲んでいると、 窓の外を詰まり掃除人の 「つまり~つまり。つまり~、つまりっ」 という掛け声が聞こえたので、 呼び止めて入ってきてもらった。 「こんにちは。どんな感じですか」 詰まり掃除人の男が 黒革の大きなバッグの中か…

瞬間万歩計

深夜の通販番組で瞬間万歩計を 紹介していたので、見てみた。 「ついに出ました。ナビトルの瞬間万歩計! 新タイプの登場です。この瞬間万歩計は、 あなたが意識しなくても、あなたを 〝今この瞬間〟にいさせてくれる、 まさに画期的な商品なんです」 女性ナ…

光玉(こうぎょく)

街角の新聞スタンドで見かけた夕刊の 一面に、光玉が密かに高値で取引き されているという見出しが出ていたので、 その夕刊を買って、電車に乗った。 シートに腰掛け、記事を読む。 光玉は、ひと気のない雑木林に出現する 光の溜まり場で、大きな露の塊りの…

くしゃくしゃ、ポン!

ある夕方、塀に囲まれた小さな空き地で、 三人の子供たちが『くしゃくしゃポン』を やっていたので、しばらく見ていた。 彼らは半ズボンのポケットから飴玉ほどの コハク色の球を取りだすと口に入れた。 それからしばらく目を閉じ、 口をもごもごさせていた…

化石の人

カフェでのこと。 注文したコーヒーがなかなか来ないので ウェイトレスに催促をした。 「コーヒー、まだですか」 「まだです」 その一言にイラついた僕は、 いくら待たせれば気が済むんだ、 とつい大声を出してしまった。 周りの客たちがこちらを一斉に見た…

ぷるぷるカクテル

初めて行くバーのカウンターで 友人を待っていると、 年配のバーテンダーがやってきて 「何かおつくりしましょうか」と言ってきた。 よく見ると、先日、 夕暮れのカクテルパーティーで、 僕に本当に生きている人とそうでない人を 見分けるカクテルを作ってく…

たそがれカクテル

ある大富豪が主催する カクテルパーティーに出席した。 そのパーティーはレンガ造りのビルの屋上 で行われ、夕方6時きっかりに始まった。 夕陽が辺り一面をオレンジ色に染めるなか タキシードを着たバンドの一団が、 ジャズの音色を奏で、 その中をきれいに…

終わらない花火

銀杏の丘の斜面に腰かけ、 大勢の見物人たちと一緒に、 打ちあがる花火を見ていた。 暗い夜空に光の筋が上がり、 目の前でバンッ、と明るい火花がはじける。 見物人たちは「ワァーっ」とか「すごーい」 と叫びながら、 色とりどりの花火を楽しんでいる。 光…

じゅんぐりごっこ

ある早朝の出来事。 部屋で眠っていると玄関のドアを ドンドンと叩く者がいる。 眠いので無視していたが、 ノックの音は続いた。 僕は布団を跳ね除け、 眠い目をしょぼつかせながら 玄関に向かった。 「誰ですか。こんな朝早くに」 僕がドアの向こうにいる訪…

キミと君のきみ

雨風(あめかぜ)が びゅんびゅんと吹きすさぶ嵐の夜に 家のドアをノックする者がいた。 「はい、どなたですか」 覗き穴からドアの外を覗いてみた。 「きみだよ」 外にはスーツを着た 三十代くらいの見知らぬ男が、 風に煽られながら立っていた。 「きみって、…

あがりの人

日曜日の午後、友人の家に行こうと、 家の前からバスに乗った。 バスは混んでいた。 仕方なく僕はつり革につかまり、 ぼんやりと過ぎ行く風景を見つめていた。 次の停留所で目の前に座っていた人が バスを降りていった。 その空(あ)いた座席に僕は腰を下ろし…

陰きわまれし朝

徹夜明けの朝、 行きつけのオープンカフェのテラス席で、 エスプレッソを飲んでいたら、 隣のテーブルでタバコを吸いながら ラテを飲んでいる、信じられないくらい 化粧の濃い女性と目が合った。 彼女は人を挑発するような ショッキングピンクのキャミソール…

軌道修正

修正剤を飲み始めた。 朝晩二回飲むのだが、 飲み始めて二日目から 医者が言っていた副作用が出始めた。 二日目の夜、 過去に嫌っていた人たちの姿が 次々と脳裏に浮かび上がり、 どうしようもない怒りに震えた。 どれも取るに足らないこととして、 記憶の中…

ゆがんだ中性子

ある朝、目覚めてみると 背中の左側の筋(すじ)が痛かった。 何をしていても 背中にキンキンとした痛みが走るので、 これは大変だと 医者に診てもらうことにした。 診療所にいた若い男の医師は 穏やかな笑みを浮かべながら、 どうしましたか、と尋ねてきた。 …

流星の如く

冷え込みの激しい冬の夜のこと。 僕はコートの襟を立て、 一人夜道を歩いていた。 小さな木の橋を渡ろうとすると、 どこに潜んでいたのか、 突然一人の女性と二人の男性が現われた。 そして、 いきなりお金を恵んで欲しいと言ってきた。 「わたしたちはよそ…

神様をまた逃した話

よく晴れた日曜の午後、 街を歩いていると、一人の女性が突然、 人ごみの中から現われ、 僕に話しかけてきた。 「財布を落として困っています。 家に帰るバス代を恵んでくれませんか」 僕は彼女の姿をまじまじと見つめた。 長い髪を真ん中で分け、 胸に「OH!…

神様を逃した話

ある晩秋の夕暮れ時、 僕は小型バイクを運転し、 家路を急いでいた。 広い道で信号待ちをしていると、 民家の影から一人の太った老婆が 飛び出してきた。 黒く汚れた布を頭からほっ被りにし、 擦り切れて穴の開いたズボンに、 色の褪せた 綿入りのポンチョを…

神様を逃した話

ある晩秋の夕暮れ時、 僕は小型バイクを運転し、 家路を急いでいた。 広い道で信号待ちをしていると、 民家の影から一人の太った老婆が 飛び出してきた。 黒く汚れた布を頭からほっ被りにし、 擦り切れて穴の開いたズボンに、 色の褪せた 綿入りのポンチョを…

言葉のあじ

コーヒーでも飲もうと思い、 スタンド式のカフェに入ると、 カウンターではコーヒーを注文する人たちの 長い列ができていた。 仕方なく列の最後尾に並び、 やっと自分の番が来た。 「何になさいますか」 店員がメニューを差し出した。 メニューには「コーヒ…

時計回りの人

会議の席でのこと。 いかに自分が 素晴らしい実績を上げているか、 ということをT氏が得々と語っていた。 彼の話は一向に終わらず、 誰かが他の人の功績を褒めれば、 その人をいかに上手く手助けしたかを、 自慢げに延々と述べ続ける始末だった。 「オレは…