ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

神様を逃した話

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ある晩秋の夕暮れ時、

 

僕は小型バイクを運転し、

 

家路を急いでいた。

 

広い道で信号待ちをしていると、

 

民家の影から一人の太った老婆が

 

飛び出してきた。

 

黒く汚れた布を頭からほっ被りにし、

 

擦り切れて穴の開いたズボンに、

 

色の褪せた

 

綿入りのポンチョを纏っていた。

 

顔は皺だらけで、裸足の足は泥まみれだ。

 

老婆はチョコチョコとペンギンみたいな

 

足取りで僕のバイクの前に立ちはだかると、

 

白く濁った目で僕を見た。

 

「パンを買うお金をおくれよ」

 

カラスの鳴き声のような声で老婆が言った。

 

「お金なんか持ってないよ」

 

僕はバックミラーをいじる振りをしながら

 

答えた。

 

「こんなにいい乗り物に乗っている

 

じゃないか。小銭でいいから恵んでおくれ」

 

バイクのハンドルを掴む彼女の手は

 

がさがさにひび割れ、粉が噴いている。

 

「勘弁してくれよ。」

僕は目やにの溜まった老婆の眼を

 

直視して言った。

 

夕陽が、懇願する老婆の顔の左半分を

 

橙色に照らしている。

 

見れば、隣の車線にいる

 

トラックの運転手が、

 

僕たちのやり取りをじっと観察していた。

 

「あのトラックの運転手に言いなよ」

 

僕は言った。

 

「あんたを選んだのよ。お願いだよ」

 

そのとき、信号が青に変わった。

 

僕は躊躇した。

 

このとき僕の財布には銀貨が一枚しかなく、

 

それが今の全財産だった。

 

僕は彼女を振り切るように

 

バイクを発射させた。

 

〝ひゃあ〟と

 

老婆が叫びながら道の横に退いた。

 

その隙を突いて

 

僕はバイクのスピードを上げた。

 

〝危ないじゃない〟という老婆の声が

 

後方から聞こえてきた。

 

しばらく走っていると、

 

さっき隣の車線にいたトラックが

 

追いついてきた。

 

窓から運転手が顔を出して言った。

 

「おまえ、えらいタマ(、、)を逃したな」

 

そう一言言うと、そのトラックの運転手は

 

意味深な笑みを浮かべながら、

 

僕を追い越して行ってしまった。