ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

乗り換え御免

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午前零時発の夜行列車に乗り、

 

切符に書いてある四号車のコンパートメント

 

に向かうと、若い会社員風の男と、

 

黒いドレスを着た女性が

 

シートに腰かけていた。

 

失礼します、と言って、

 

僕が荷物を棚に置き、

 

自分のシートに腰を下ろした。

 

「こんにちは」とドレスの女性が挨拶をした。

 

「こんにちは」と僕も挨拶を返した。

 

「どちらまで?」ドレスの女性が訊いた。

 

「まだ決めてないんですけど、

 

とりあえず水の星まで行ければ

 

と思ってるんです」

 

「じゃあ、すぐじゃないの。

 

わたしはなんとか太陽の境い目まで

 

行きたいわね」

 

「せっかくこの列車に乗ったのなら、

 

光の根っ子まで行かなきゃ、

 

意味ないでしょう」

 

と、突然、会社員風の男が口を開いた。

 

「光の根っ子って、

 

それは相当な覚悟が必要ですよ」

 

僕が会社員風の男に言った。

 

「無理よ。第一、そこまで行けた人の話

 

なんて、聞いてことがないもの」

 

と、ドレスの女性も首を振っている。

 

「何を言ってるんです。

 

誰でもいく権利があるんですよ。

 

決めればね」

 

会社員風の男は自信満々の様子だ。

 

「まっ、いつか着きますよ。最後にはね。

 

退屈さに耐えられるか、

 

という問題はありますけど」

 

会社員風の男性がそう言って

 

伸びをしたとき、コンパートメントの扉が開き

 

車掌が入ってきた。

 

「恐れ入ります。切符を拝見いたします」

 

乗客たちは、それぞれに切符を取り出し、

 

車掌に見せた。

 

車掌は切符を確認しながら、

 

一人一人の切符に改札鋏で

 

切り目を入れてゆく。僕の番が来た。

 

車掌は少し驚いたような目で、

 

僕と切符を見比べたのち、

 

ちょっとここでお待ちください、

 

と言い残して出て行ってしまった。

 

やがて車掌が列車長を連れて戻ってきた。

 

「お客様。どこでこの切符を?」

 

と列車長が僕に訊ねた。

 

「いえ、普通に駅で切符を買ったら、

 

この切符を渡されました」と僕は答えた。

 

「この切符は特別な専用切符です。

 

乗る列車も行先も全然違います」

 

列車長はそう説明しながらも、

 

どうしてこのお客様がこんなところへ

 

来てしまったのか、

 

としきりに不思議がっている。

 

「とりあえず、列車を移っていただきます。

 

急がないと発車まで時間がありません」

 

と、そのとき、ベルが鳴り、

 

列車が動き始めた。

 

列車長と車掌は慌てふためき、

 

トランシーバーのようなもので

 

何やらやり取りをしている。

 

「もういいですよ。この列車で」

 

と、面倒くさくなった僕が言った。

 

「だめです。

 

行先が違うのでお乗せできません。

 

それに、本来お客様が乗るべき列車は

 

ノンストップの直通列車なので、

 

どこかで乗り換えることもできません」

 

「僕は水の星まで行くだけなので、

 

この列車で十分です」

 

「だめですよ。切符の持ち主は切符に

 

表示されている行き先まで

 

行かねばなりません。

 

この切符は光の根っこの、

 

その先までとなっています。

 

それもノンストップで」

 

その言葉を聞いた会社員風の男が

 

目を丸くして僕の方を見た。

 

列車長が説明していると、

 

車掌がおもむろにやってきて列車の窓を

 

開けた。わっと風が入ってきた。

 

「いいですか。

 

あるタイミングの十三秒間だけ

 

隣の列車と同じ速度で並列になります。

 

その瞬間にあちらへ飛び移ってください」

 

車掌の言葉に僕は絶句した。

 

「そんなの無理ですよ」と僕。

 

「だめです。やっていただきます」

 

と列車長は頑として引かない。

 

隣の列車が近づいてきた。

 

向こう側でも窓が開かれ、

 

向こう側の車掌が手を上げて合図を

 

寄こした。

 

僕は言われるまま、窓から身を乗り出した。

 

落ちないよう、

 

会社員風の男とドレスの女性が、

 

僕の身体を支えてくれている。

 

相手の列車が極限まで近づき、

 

ほぼ同速度になった。

 

「いまだ。飛び移れ!」

 

列車長の合図する。

 

が僕は足がすくんで動けない。

 

「何をやってる。早く」

 

と向こう側の車掌が両手を差し出す。

 

「もう。じれったいわね」

 

「ぐずぐずするな」

 

会社員風の男とドレスの女性がポン、

 

と僕のお尻を思い切り押した。

 

ジャンプする。

 

と同時に、

 

向こう側の列車が速度を上げ始めた。

 

「だめだ!」

 

「きゃーっ!」

 

気がつけば、僕はなんとか

 

向こうの列車の窓枠に掴まっていた。

 

すぐに飛び移った側にいた

 

数人の人たちが、僕の身体を

 

列車の中へと引きずりあげてくれた。

何とか、列車を移ることができた僕は、

 

元いた列車の方を見た。

 

後方で車掌や列車長、

 

そして会社員風の男とドレスの女性が、

 

笑顔でこちらへ向かって

 

手を振っているのが見えた。