ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

2020-01-01から1年間の記事一覧

終点近くでさらわれた話

夕方、路面電車に乗り、 家路を急いでいた時のこと。 チンチン、とベルを鳴らしながら進む 車両のつり革につかまり、 ぼうっとしていたら、途中の駅で、 月光のように光る顔の男が乗ってきた。 スイカ提灯のように 目と鼻と口がくりぬかれた顔を見て、 以前…

さっと後ろへ持って行かれた話

どーんと大きな爆発音がして、 はっと顔を上げた途端、 大きなお星様にうしろからばっ、と 首根っこを掴まれたかと思うと、 さっと、 あっちの世界へ持って行かれてしまった。

天(てん)ころがし

うららかな春の午後、木漏れ日の里にある 満開の桜の下に寝そべり、 舞い落ちる桜の花びらを見ながら、 小鳥たちのさえずりを聞いていた。 草の匂いに混じって、 桜の花の甘い香りも漂っている。 僕が春のさわやかな空気に酔っていると、 直径十センチくらい…

キレた空間

風のつよい冬の昼下がり、 人気のないカフェの窓辺で、 真っ赤なソファに腰かけ、 一人カフェオレを飲んでいた時のこと。 僕は温かいカップを両手で持ちながら、 寒風吹きすさぶ通りを 窓ガラス越しに眺めていた。 街路樹はガサガサと乾いた音を立てて 揺れ…

お月様が乗った話

夕方の地下鉄に乗っていると、 山高帽に茶色いレインコートを着た男が 吊革に掴まって立っていた。 よく見ると、男の丸い顔は スイカ提灯のように目と鼻と口が くり抜かれたようになっていて、 お月様のように青白く光っている。 こんなに光っている人も珍し…

ひきこんもり

花屋の軒先に 「ひきこんもり」の鉢植えが並んでいた。 「今日入荷したばかりなんですよ。 〝こんもり〟の部分は ふつう紫なんですけど、 赤いのは珍しいんです。新種ですよ」 店員が話しかけてきた。 「〝バン〟まではどのくらいですか」 僕が店員に訊いた…

玉苑

玉苑(たまえん)に水銀の滝がある というので、立ち寄ってみた。 森のようになった苑内をあちこち歩き回り、 水銀の滝を探すがみつからない。 人に聞いても知らないという。 いつしか日が傾きはじめ、 人影もまばらになった。 もう帰ろうと思っていたころ、 …

ヒカリのカク

流れ星がひっきりなしに降り注ぐ夜だった。 バーでラムをしこたま飲んだ帰り道、 雨に濡れた路上で男が一人、 マンホールの蓋を開けようと 必死になっているのを見かけた。 男は腰を折り曲げ、マンホールに付いて いる開閉用の取っ手を掴み、 必至で引っ張り…

地球のタネ

半径20メートルくらいの輪(わ)の上で 二人の人間が向かい合って立ち、 それからその輪の上を、 同じ方向に向かって互いにぐるぐるぐるぐる 回り続けるというゲームをしていた。 追いついて 相手の背中にタッチできれば勝ちだ。 一人が全力で輪の上を回れば…

わわーっと駆け下りたもの

ハロウィンの夜だった。 僕は飛行機に乗っていた。 コートを預け、広々としたファーストクラスの 座席に腰をおろすと、真っ赤な口紅を つけた客室乗務員の女性が、 シャンパンが入ったグラスを、 トレイに載せて持ってきてくれた。 グラスを受け取り、飲もう…

苔(こけ)の木谷まで

バーでしこたまジンを飲んだ夜、 バーの前で客待ちをしていたタクシーに 飛び乗り、家路についた。 「楓(かえで)の森までお願いします」 僕が行き先を告げると、 運転手は面倒くさそうな表情で 車を発車させた。 しかし、途中まできたとき、 僕は自分の家で…

主張する植物

朝から喉が渇き、水ばかり飲んでいた。 ふと部屋にある観葉植物を見れば、 鉢の中の土がからからに乾いていた。 僕はジョウロを取り出し、洗面所へ向かった。 「植物はかわいそうだな。自分の力で自由に 水も飲みに行けないのだから」 こんなひとりごとを呟…

弱虫N氏

星がまたたく夜、 床一面に枯葉が敷きつめられたバーで、 僕はN氏とバーボンを飲んでいた。 「なあ、キミ」N氏が言った。 「なんですか」僕が答えた。 「ちょっと僕になってみる気はないかな」 「えっ?」僕がN氏を見た。 「まあ君にその気があればの話だ…