ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

軌道修正

 

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修正剤を飲み始めた。

 

朝晩二回飲むのだが、

 

飲み始めて二日目から

 

医者が言っていた副作用が出始めた。

 

二日目の夜、

 

過去に嫌っていた人たちの姿が

 

次々と脳裏に浮かび上がり、

 

どうしようもない怒りに震えた。

 

どれも取るに足らないこととして、

 

記憶の中に埋没させられていた出来事

 

ばかりだった。

 

みんなの前で恥をかかされたときの事や、

 

釣銭を投げてよこした店員、

 

告げ口をした友人、

 

列に横入りしてきた女、

 

慇懃無礼なホテルマン、など、

 

マグマのように噴き上がる怒りに、

 

僕は床の上をのた打ち回った。

 

そして、ひどい下痢に見舞われたあと、

 

全身汗だくになって眠った。

 

次の日の夜、恐怖と不安が襲ってきた。

 

将来どうなってしまうのだろう、

 

このままひとり

 

孤独のうちに死んでしまうのか、

 

人から何か言われる恐怖、

 

明日病気になるかもしれない恐怖、

 

などにさいなまれた。

 

みぞおちの辺りが波打つように震え、

 

心臓が破裂してしまうのではないか、

 

と思うほど怖かった。

 

そして昨夜と同様、

 

夜になるとひどい下痢に襲われ、

 

汗まみれになって眠った。

 

四日目、過去の後悔にさいなまれた。

 

あのときああしていれば、

 

ああ言っていれば自分はあんなことには

 

ならなかった、というような事柄が

 

無数に思い出されてきた。

 

お前はひどい奴だ、と友人や家族が

 

次々に僕を責め立てる妄想を見た。

 

僕は「ごめんなさい」と狂ったように

 

枕を叩きながら泣き叫んだ。

 

そして、やはり最後には、

 

すごい下痢を起こした後、

 

汗まみれになって眠った。

 

五日目の夜、

 

今度は何が来るかと待ち構えていたが、

 

何も起こらなかった。

 

「やれやれ、今日は安心して眠れるな」

 

と思いながら、ベッドで目を閉じていると、

 

瞼の裏に明るい光が輝きはじめた。

 

すると、その光の中から、

 

ここ数日間僕を悩ませ続けた、

 

怒りや不安の元凶になっていた人たちが、

 

一人づつ現われ、僕に向かって「イエーイ」

 

と笑顔で挨拶をしたかと思うと、

 

僕を通り抜けるようにして消えていった。

 

彼らが自分の体を通り抜けるとき、

 

とても優しい波動を感じて

 

僕はプルプルした。

 

あくる朝、目覚めてみると、

 

背中の痛みはすっかりなくなっていた。

 

念のため、再度医者に行った。

 

が、医者は困ったような顔つきで

 

僕に告げた。

 

「残念ですが。完全に中性子が

 

軌道から外れてしまっています。

 

修正剤が反作用を起こしてしまった

 

ようです」

 

「えっ、でも僕はこの通り

 

元気になりましたよ。

 

背中も痛くないですし、

 

それに昨夜夢の中で、光の…、う、んぐっ」

そのとき、医者が慌てて僕の口をふさぎ、

 

滅多な事を言うもんじゃない、

 

とすごい形相で僕をたしなめた。