満月の夜、池のほとりを歩いていると、
池の中央に浮かぶ浮見堂に、
白い着物を着た髪の長い女が、
灯篭を片手に立っているのが見えた。
こんな夜中に何をしているのだろう、
と思いながら、僕は歩を止め、
しばしその女の様子を観察した。
女は月の光を受け、全身青白く光っている。
そして、何かを探すように、
ずっと池の水面を覗き込んでいた。
と、月が雲に隠れた。
女が慌てたように辺りを見回した。
「どうかしましたか」
僕が女に訊ねてみた。
女がはっと顔を上げ、こちらを見た。
目がひどく吊り上り、唇は真っ赤だった。
「お月さんがなくなり申した」
女が、か細い声で答えた。
「はは。なくなったのではなくて、ただ雲隠れ
をしているだけですよ」僕が女に告げた。
その時、ふたたび雲間から月が現れ、
女を青白く照らした。
「お月さんがお戻り申した」
女は浮御堂の床に灯篭を置くと、
握りしめた両手を胸の前でちょこんと揃え
〝コン〟と大きく啼いたかと思うと、
池の中に跳びこんだ。
女はそれっきり姿を現さず、
やがて、穏やかになった水面(みなも)に、
大きな月が映え、再び池は
何事もなかったように静かになった。