ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

宇宙の母

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雨があがったばかりの満月の夜、

 

ススキが生い茂る土手の上を

 

歩いていると、

 

大きなまんまるいお月さまを背に、

 

おかっぱ頭の女性がひとり、

 

土手の中腹にしゃがみこんでいるのが

 

見えた。

 

「どうしたのですか」僕が声をかけた。

 

「あと一個なんですけど、

 

どうしても出ないんです」

 

と、彼女は僕を見て言った。

 

長いスカートの裾が

 

風でめくれ上がらないよう、

 

両ひざを手で押さえるように

 

しゃがんでいる。

 

「何が出ないのですか」僕が訊いた。

 

「あれですよ」と彼女が答える。

 

僕はピンと来て、

 

それならもっといきまないとだめですよ、

 

とアドバイスをした。

 

「こうですか。」

 

彼女は眼を閉じ、ううー、と唸って見せた。

 

「だめですよ。もっとおなかに力を入れて」

 

再度彼女は大きく深呼吸をすると、

 

ういぃー、ときばりはじめた。

 

「どうですか」と僕。

 

「だめです」と彼女。

 

「相当大きいみたいですね」

 

「ええ、そうみたいです。

 

でも、満月のうちに出しておかないと、

 

大変なことになってしまうんです」

 

と彼女は必死だ。

 

「大変なこと?」

 

「ええ。今日中に全部生んでしまわないと」

 

そう言うと、彼女は再度ううう、と唸った。

 

「それじゃあ僕が掛け声をかけますから、

 

それに合わせてきばって下さい。

 

いいですか」

 

彼女が頷く。僕が掛け声を掛けはじめた。

 

「いち、にい、さーん。はい、いきんで」

 

それから彼女は何度も、

 

いち、にいで息を整え、さんで思い切り

 

息を吸うと、一気にいきむ、を繰り返したが、

 

一向に出るものが出てこない。

 

彼女は歯を食いしばり、

 

顔を真っ赤にしながら

 

必死の形相で頑張っている。

 

「いち、にい、さん、はい。

 

いち、にい、さん、はい」

 

僕は掛け声の速度を速めた。

 

「う、う、ううーっ…」

 

彼女の唸りが一層大きくなった次の瞬間、

 

スカートの中から西瓜ほどもある

 

大きなタマゴがごろんと転がり出てきた。

 

「で、出ましたよ」

 

僕が叫んだと同時に、

 

飛び出したタマゴが、

 

ゆっくりと土手を転がりはじめた。

 

慌ててタマゴを追いかける。

 

が、もう少し、というところでタマゴは

 

ドボンと川に落ちてしまった。

 

「ああ、落ちちゃいましたよ」

 

そう言って僕が振り向き、

 

土手の下から彼女を見上げると、

 

彼女は巨大な白い幼虫になっていて、

 

おしりからタマゴを次々と生み続けていた。