ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

彗星がチェックインした話

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ホテルのロビーでチェックインしようすると、

 

狐のような眼をした女性スタッフから、

 

今日は満室だと告げられた。

 

「そんな。ちゃんと予約しましたよ」

 

僕は抗議した。

 

だが、今日は急な団体客があり、

 

部屋はないのだという。

 

「ひと部屋もないのですか」と僕が訊いた。

 

「はい。ひと部屋もございません」

 

女性スタッフが無表情に答えた。

 

「どんな部屋でもよいのですが…」

 

「実は、部屋はございますが、

 

お泊めできない事情がありまして。

 

というのも本日の団体様は

 

少々変わっておられますので」

 

「いや、そんなの全然大丈夫ですよ」

 

この街にホテルはここだけだ

 

と聞いていたので、

 

泊まれなければ野宿するしかなかった。

 

「どんな部屋でもいいんです」

 

僕は食い下がった。

 

その時、にわかにロビーが騒がしくなり、

 

見れば玄関に到着したバスの中から、

 

次々に客たちが降りてくるのが見えた。

その集団は光の尾を引きながら、

 

まるで彗星の如き速さでわわわわわーっ、

 

とロビーを駆け抜けたかと思うと、

 

あっという間にエレベーターに乗って

 

行ってしまった。

 

一体どういうことなのだろう、

 

とフロントの女性係員のほうを見やると、

 

彼女は両手をグーの形にして

 

胸の前で合わせ、狐のような眼を

 

さらにつり上げながら硬直していた。

 

「あ、あれは、ひょっとして…」

 

と僕が呟いたとき、

 

彼女が大きく「コン!」と鳴いた。