ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

ゆがんだ中性子

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ある朝、目覚めてみると

 

背中の左側の筋(すじ)が痛かった。

 

何をしていても

 

背中にキンキンとした痛みが走るので、

 

これは大変だと

 

医者に診てもらうことにした。

 

診療所にいた若い男の医師は

 

穏やかな笑みを浮かべながら、

 

どうしましたか、と尋ねてきた。

 

「今朝起きた時から背中の左側が痛くて

 

たまらないのです」

 

僕が症状を説明した。

 

医者はしばらくの間、

 

僕の背中を撫でたり推したりしていた。

 

そして僕の背中に聴診器を当て、

 

あっ、とか、そうか、とか、ここだな、と

 

なにやら一人ぶつぶつと呟いていた。

やがて、医者は聴診器を外すと、

 

僕の背中を人差し指で押しながら言った。

 

「わかりましたよ。ほら。ここ。

 

ここにある中性子の軌道に

 

ずれが生じているんですよ。

 

ちょっと外れ過ぎてますね。

 

ニュートリノにゆがみが出ているようです」

 

医者は僕を前に向かせると言った。

 

「どうすればいいでしょうか」

 

僕が尋ねた。

 

「そうですね。とりあえず、

 

修正剤を出しておきますので、

 

しばらく様子をみましょう」

 

医者はカルテになにやら書き込んでいる。

 

「他に気をつけることはありますか」

 

僕が質問した。

 

「免疫を高めるために日ごろからあまり

 

自分のことを考えないようにして、

 

できるだけ他の人の意見に従って

 

生活してみてください。

 

好きなことは何をしてもいいですが、

 

誰もやったことのないことを

 

試してはいけませんよ。

 

修正剤の副作用として、

 

他者の目がすごく気になったり、

 

ものすごく嫌な思い出を

 

思いだしたりしますが、

 

そういうときはなるべく、

 

部屋で思い切りそのことを気にしながら

 

過ごしてみてください。

 

服用するうちに、

 

そういった副作用も軽減され、

 

背中の痛みも消えるでしょう。

 

また、

 

調整剤は必ず五日間で飲みきってください。

 

手術で軌道のゆがみを直すことも可能

 

ですが、まあそこまでは必要ないでしょう」

 

僕は礼を言って立ちあがった。

 

医者がカルテに目を落としたまま

 

〝おだいじに〟と呟いた。