ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

陽、極まる

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満月の夜のことだった。

 

僕はこの日、

 

入会したばかりのジムで筋トレをしていた。

 

さまざまなマシンが並ぶ、

 

人気(ひとけ)のないフロアで、

 

僕は茶色い鉄がむき出しになった

 

ダンベルを適当に上げ下げしていた。

 

しばらくすると、

 

一人の筋骨逞しい男がやってきた。

 

彼の身体はまるで

 

筋肉の鎧を着ているようで、

 

タンクトップの胸ははちきれそうだった。

 

僕の太腿くらいある二の腕には

 

血管の筋が何本も浮き出している。

 

そのくせ波打つ腹筋の辺りは

 

雑巾をギュッと絞ったかのように

 

引き締まっていた。

 

男はちらっと僕のほうを見たあと、

 

ベンチプレス専用の長いすに

 

仰向けに横たわった。

 

ハッ、という掛け声とともに

 

百キロのバーベルを持ち上げ

 

胸のところまで引き下ろす。

 

そして、わっ、という声とともに

 

バーベルを押し上げた。

 

その瞬間、

 

空気を送られた風船みたいに

 

男の胸がボンとふくらみを増した。

 

それから、

 

男が一回バーベルを上下させるたびに、

 

男の胸はボン、ボン、ボン、と

 

一段階ずつ膨張を繰り返した。

 

ベンチプレスを十回したあと、

 

男はダンベルを台座に返し、立ちあがった。

 

見ると、彼の胸は

 

さっきの三倍くらいに膨らんでいる。

 

いくらなんでもそれはないだろう、

 

と僕が目を丸くしていると、

 

彼に睨み付けられた。

 

「キミは何のために筋トレをしている?」

 

彼が僕に訊ねた。

 

「はあ」

 

「だから、何のためにここで筋肉を鍛えて

 

いるのか、と訊いているんだよ」

 

彼はこぶしで

 

自分の膨らんだ胸をばんばん叩きながら、

 

再度僕に問いただした。 

 

「そうですねえ。まあ、強くなるため、

 

ですかねえ」

 

ためらいぎみに僕が答えた。

 

「オレはねえ」

 

彼が自分の胸を再びどんどんと叩く。

 

「オレはぁ」

 

彼が大きく息を吸いながら言った。 

 

「女になるために身体を鍛えているのだ」 

 

彼がそう言って息を吐いたと同時に、

 

風船から空気が抜けていくみたいに、

 

彼の胸の膨らみが、

 

シューッと音を立てて小さくしぼんでいった。

 

ええーっ、と

 

あっけにとられている僕を尻目に、

 

彼は得意満面の表情で、

 

再度ベンチプレスの長椅子に寝そべった。