ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

想いの花火



朝、目を覚まし、洗面所で顔を洗おうと、

洗面台の鏡の前に立ったところ、

自分の頭がそっくりそのまま

失くなっていることに気づいた。

よく観察してみると、額から上が

すぱっと切り取られたように消失し、

ウツボカズラの口のような空洞が、

天に向かってパカッと開いている。

このままでは自分の想いが、

全部この空洞から放出されていってしまう、

と咄嗟に思った僕は、慌ててクロゼットから

山高帽を取り出して被った。

「これで良し」

と鏡を見ながら頷いた僕は、身支度を整え、

近くのカフェへ朝食を食べに出かけた。

通りを歩いていると、

道行く人がこちらを指さしながら

何やらひそひそと囁き合っているので、

もしや、自分の頭がぱっかりと開いている

のがばれているのかと、

ショーウィンドウに自分の姿を映してみるが

頭の口は山高帽できっちりと隠されている。

カフェのテラスに腰掛け、

店員にコーヒーとジャムトーストを注文した。

しばらく、通りの風景を眺めながら、

ぼうっとしていると、やがて、

山高帽で覆われた頭の口が

ムズムズしはじめた。

何かが噴出しようとする前兆のような、

何かが飛び出そうとしているような、

変な感じがしたので、

僕はそれが飛び出さないよう、

山高帽の端を両手でギュッと押さえつけた。

「お待たせしました」

店員がやってきて、テーブルの上に

トーストとコーヒーを置いた。

イチゴジャムが塗られたトーストを見た瞬間

「僕がほしかったのは、

 ブルーベリージャムのトーストだったのに」

と内心がっかりしながらも、

ありがとう、と笑顔で店員に言った。

しばらくして、近くにいた客のところに、

ブルーベリーが塗られたトーストが

運ばれて来たのを見た。

「ちょっと。僕がほしかったのも、

 ブルーベリーのトーストだったのだよ」

イラっとした僕は店員を呼んで言った。

「どのジャムをご所望か、

 お客様がおっしゃられなかったもので」

と店員がしたり顔で答えた瞬間、

カッと怒りが込み上げてきた。

「なんだい。その態度は…」

僕が店員を怒鳴りつけたその瞬間、ポーン、

と山高帽が空高く吹き飛んだかと思うと、

口を開けた頭から、

七色の花火が噴きあがった。

それは建物の屋根にまで達するほどの

勢いで、辺りは昼間以上に明るく輝いた。

「うわぁー」

「想いの花火だ」

「想いの花火が降ってきたぞ」

通りを行く人々は、

七色の火の粉を浴びながら、

そう言って拍手喝さいをした。