ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

彗星のカケラ

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古いホテルの一室で書き物をしていたとき、

 

誰かが扉をノックしたので出てみると、

 

礼服を着た初老の紳士が立っていた。

 

「突然の御無礼。お許しを」

 

紳士が僕に向かって深々と頭を下げた。

 

僕がどうしたのですか、と尋ねると、

 

紳士は穏やかな口調で、

 

早くお逃げなさい、と告げた。

 

「どうして逃げなければならないのですか」

 

僕が訊ねた。

 

「もうすぐここに、

 

彗星が落ちてくるからですよ」と紳士。

 

「どうしてそんなことが

 

あなたに分かるのですか」と僕。

 

「なぜなら、

 

わたしはその彗星のカケラだからです」

 

「ええっ。カケラだって?」

 

僕はびっくりして訊き返した。

 

「彗星はもすうぐ、

 

わたしがいるところに落ちてくるのです」

 

紳士が穏やかな笑みを浮かべ、答えた。

 

「彗星が落ちると、彗星のカケラのあなたは

 

どうなってしまうのですか」

 

僕が興味津々で尋ねた。

 

「彗星と一緒に地球の一部となる予定です」

 

と紳士が答えた。

 

「それじゃあ、僕は地球のカケラですから、

 

いずれ僕たちは兄弟になるのですね」

 

「ほう。それもそうですな」

 

紳士が感心したように頷いた。

 

それから、急にうれしくなった僕は、

 

紳士を招き入れ、

 

部屋で一緒にバーボンをやり始めた。

 

そうしてすっかり酔いが回った頃、

 

窓の外が突然明るくなったかと思うと、

 

バッシャーン、と

 

裏の湖に何かが激突するする音がした。

 

「おっ、こりゃいかん」

 

と、紳士が光の尾を引きながら、

 

開け放たれた窓から、

 

表へと飛び出していった。

 

そのスピードときたら、

 

もう目にも止まらぬ速さで、気がつけば、

 

僕はドアのところまで吹き飛ばされていた。