ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

光の間(ま)は予約できたのか

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山の上のホテルにあるバーにいたとき

 

のこと。

 

ロビーの方から

 

男性の大声が聞こえてきた。

 

一体何ごとか、と

 

ロビーの方を覗いてみれば、

 

身なりのきちんとした老夫婦が、

 

フロントのスタッフに文句を言っていた。

 

「一体どうなってるんだ。

 

わしらはもう一年も前から

 

この光の間(ま)を予約しているんだぞ」

 

「そうですよ。本当に楽しみしてたのに」

 

「申し訳ございません。光の間は本日

 

光の間ではなくなっておりまして、

 

ご迷惑をおかけいたしております」

 

スタッフが説明しながら、

 

恐縮したようにぺこぺこと頭を下げている。

 

「光の間がなくなってしまうなんて、

 

そんなことがあるはずないじゃないか」

 

「そうですよ。

 

わたしたちは騙されませんからね」

 

老夫婦は納得しない。

 

「ただ、光の間はご用意できないのですが、

 

この部屋とほとんど同じ仕様の

 

耀きの間でしたら、

 

すぐにご用意させていただけますが」

 

「何を言うか。

 

耀きは光っているものであって、

 

光そのものではないだろう。

 

もう、いい加減にしてくれ!」

 

「そうですよ。

 

ちゃんとここに予約票もあるでしょう。

 

わたしたちには光の間に泊まる権利が

 

あるんですからね」

 

フロント係は一旦引っ込み、

 

奥の方でマネージャーらしき男性と

 

何やら小声で話しはじめた。

 

「承知いたしました。それでは光の間を

 

ご用意させていただきます。

 

大変ご迷惑をおかけし、

 

申し訳ありませんでした」

 

奥から戻ってくると、

 

フロント係はそう老夫婦に告げた。

 

「だから、初めからそう言えばいいんだよ」

 

「そうですよ。もったいつけて」

 

宿帳に記入する間も、

 

二人はぶつぶつと文句を言っていた。

 

「それでは、お部屋が整うまで、

 

こちらのソファでおくつろぎください」

 

そう言われて、

 

老夫婦がソファに座っていると、

 

突然二階の扉がバンと開く音がし、

 

なにやらわけのわからない光る物体が、

 

彗星のごとく階段を駆け下りてきて、

 

バン、と老夫婦にぶつかったあと、

 

玄関から出て行ってしまった。

 

見れば、

 

ソファに腰かけていた老夫婦は消え、

 

床の上を二匹のムカデが、

 

にょろにょろと這いながら、

 

ソファの下へと隠れた。