ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

ひきこんもり

 

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花屋の軒先に

 

「ひきこんもり」の鉢植えが並んでいた。

 

「今日入荷したばかりなんですよ。

 

〝こんもり〟の部分は

 

ふつう紫なんですけど、

 

赤いのは珍しいんです。新種ですよ」

 

店員が話しかけてきた。

 

「〝バン〟まではどのくらいですか」

 

僕が店員に訊いた。

 

「そうですね。昨日くらいから

 

こんもりが始まりましたから、

 

あと一週間くらいですかね」

 

僕はその〝ひきこんもり〟の鉢植えを

 

一つ買うことにした。

 

「自然にパンするまでは絶対に

 

手でめしべの先を引っ張らないでください。

 

無理やり花びらを開くと

 

大変なことになりますから」

 

店員は何度も僕に注意を促した。

 

鉢植えの〝ひきこんもり〟は、

 

背丈が三十センチくらいで、鞘には

 

たくさんの赤いつぼみがついていた。

 

つぼみは花弁の先が内側にくるまり、

 

くるまったつぼみの中から一本だけ、

 

めしべの線が紐(ひも)のように伸びている。

 

 一週間後、つぼみは膨らみ続け、

 

イチジクをさかさまにしたような形に

 

なっていた。

 

が、花びらの先は

 

ずっと中へくるまったままで、

 

一向に花は開かない。

 

夜になると

 

パンパンに膨らんだ蕾が青白く光り、

 

紐のように伸びためしべの線が、

 

プルプルと震えだした。

 

中では何かの粒子のようなものが

 

蠢いている。

 

あくる日、

 

怖くなった僕は花屋の店員に尋ねた。

 

「もう一週間以上経つのに

 

花が開かないんですよ。

 

内にくるまったままで、

 

〝バン〟しそうでしないんです。

 

なんか苦しんでいるように見えて。

 

大丈夫でしょうか」

 

「そうですか。この花は

 

持ち主の意識が反映されますからね。

 

あなたの意識がバンしないと

 

なかなか花びらは反転しないですよ」

 

その夜、下膨れの茄子のように膨らんだ

 

花を見ていると、なんだか申し訳ない

 

気持ちになり、僕はごめんな、と呟いた。

 

花弁から出ているめしべの腺が

 

ぷよぷよと揺れた。

 

ふと思い立ち、めしべの先端をつまみ、

 

そっと引っ張ろうとした。

 

が、店員の言葉を想い出し、やめた。

 

と、その時、

 

めしべが一斉にプルプルと震え、

 

内側へ丸まっていた花びらの先が

 

するりと反転して開いた。

 

と同時に、中から無数の光の粒子が

 

飛び散り、部屋中に広がりはじめた。

 

気が付くと僕は

 

無数の光の粒子に囲まれていた。

 

まばゆいばかりの光の空間の中で、

 

ああついに〝パン〟したのだな、

 

と僕は思い、とても幸せな気分になった。