ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

お月様が乗った話

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夕方の地下鉄に乗っていると、

 

山高帽に茶色いレインコートを着た男が

 

吊革に掴まって立っていた。

 

よく見ると、男の丸い顔は

 

スイカ提灯のように目と鼻と口が

 

くり抜かれたようになっていて、

 

お月様のように青白く光っている。

 

こんなに光っている人も珍しい、

 

と感心していると、彼と目が合った。

 

そのとき、

 

僕は何だかとても懐かしい気持ちになり、

 

人込みをかき分け、

 

その男の方へと近づいて行った。

 

「やあ」

 

と男の人が口の形を変えずに言った。

 

「やあ」

 

と僕も挨拶をした。

 

「乗ったね」と彼。

 

「うん、乗ったよ」と僕。

 

「どこまで?」と彼。

 

「このまま終点まで」と僕。

 

「僕は次の駅まで」と彼が答えた。

 

「えっ?なんだって?」

 

びっくりした僕が彼の顔を覗き込んだ。

 

窓の外がぱっと明るくなり、

 

駅のホームが見えた。列車が止まった。

 

ドアが開く。ホームに人影はまばらだった。

 

そのお月様のように青白く光る男の人は、

 

じゃあ、と言ってホームへと降りて行った。

 

ドアが締まる。

 

男の人は振り返り、

 

僕の方をじっと見つめながら、

 

右手を挙げた。

 

僕も軽く手を挙げて頷いて見せた。

 

するとその男の人の姿は

 

粒子のように波うちはじめ、

 

あっという間に何かに吸い込まれるように

 

すっと消えてしまった。

 

途中下車か、と思ったとき、

 

僕はとても切ない気持ちに襲われた。