ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

キレた空間

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風のつよい冬の昼下がり、

 

人気のないカフェの窓辺で、

 

真っ赤なソファに腰かけ、

 

一人カフェオレを飲んでいた時のこと。

 

僕は温かいカップを両手で持ちながら、

 

寒風吹きすさぶ通りを

 

窓ガラス越しに眺めていた。

 

街路樹はガサガサと乾いた音を立てて

 

揺れ、電線がヒューヒューと鳴っている。

 

日差しは明るかったが、

 

光に温もりは感じられなかった。

 

通りを歩く人たちはみなコートの襟を立て、

 

寒さに耐え忍ぶように通り過ぎてゆく。

 

僕は暖かい室内から

 

そんな人たちを眺めながら、

 

〝暖かい場所から暖かいカフェオレを

 

飲みながら、寒い屋外を眺めるのって

 

最高だな。

 

でも、このカフェオレを飲み終わったら

 

自分もここから出て、

 

寒風の中を歩かなければならない。

 

いやだな。〟

 

そんなことを考えていると、

 

一台の黒い車が通りがかり、

 

後部座席にそんなに親しくない友人が

 

乗っているのを見つけた。

 

車はそのまま通り過ぎて行ってしまったが、

 

以前その友人から言われた

 

「おまえ、馬鹿じゃないのか。」

 

という言葉を思い出し、

 

僕はひとり、怒りに震えはじめた。

 

あのとき僕を馬鹿扱いした、

 

そんなに親しくもない友人を、

 

心の中で罵り、顔を平手打ちにし、

 

首を絞めたりして痛めつけた。

 

「ちょっと、アンタ!」

 

そのとき、突然声がして

 

僕はきょろきょろと辺りを見回した。

 

カウンターにいる店員以外、

 

カフェに人影はない。

 

「ちょっとっ。こっちだよ!」

 

見るとテーブルの一輪挿しの花瓶に

 

挿されたマーガレットの花が

 

ぶるぶる震えていた。

 

「たまにはちゃんとこっちを見なさいよ」

 

声は花からから聞こえてきていた。

 

「ちゃんとわたしを味わいながら

 

飲みなさいよ!」

 

声のする方を見ると、

目の前のカフェオレがカップの中で

 

さざ波立っていた。

 

「わたしのこの赤について感想を言って!」

 

ついにソファまでもが喋りだした。

 

僕は思考を中断し、

 

周囲に意識を走らせた。

 

壁の絵がカタカタ揺れている。

 

窓から差し込む日差しがフローリングの

 

床の上で光の渦を作っている。

 

表の通りを、

 

小学生の一団が通り過ぎる時、

 

彼らの中の一人が、

 

窓越しにこちらへ向かって

 

〝あかんべー〟をしてきた。

 

なんだ、こいつ、と思っていると、

 

次に、一人の髪の長い、目の周りを黒く

 

メイクした少女が歩いてきて、

 

窓の外から僕を覗き込み、

 

「ちょっとお」と大きな声で叫んできだ。

 

「もう、ほんとにいい加減、やめてほしいわ」

 

彼女は黒く縁取られた目を吊り上げながら

 

怒っている。

 

「気づけって何に?ていうか、きみは誰?」

 

僕は仰け反りながら訊いた。

 

「私が誰かも忘れたなんて、

 

本当に情けないわね」

 

彼女の声は、

 

ガラス越しでもビンビン響いてくる。

 

「だから、君は一体なんなんだよ!」

 

僕は少しイライラしながら叫んだ。

 

「みんな

 

あなたのためにやってあげてるのに」

 

ふん、と言って彼女はそれきり、

 

すたすたと歩いて行ってしまった。

 

モノたちの声がますます大きくなる。

 

しまいには自分が穿いている靴までもが、

 

ミロミロ、と騒ぎ出す始末だった。

 

「ああ、もうわかったから。

 

これからはちゃんと見るから。」

 

耳をふさぎ、僕が叫んだ。

 

と、ピタリと声が止んだ。辺りを見回す。

 

そこにはただ、

 

僕に向かって光を放ち続けている、

 

静かな空間があるだけだった。