ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

主張する植物

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朝から喉が渇き、水ばかり飲んでいた。

 

ふと部屋にある観葉植物を見れば、

 

鉢の中の土がからからに乾いていた。

 

僕はジョウロを取り出し、洗面所へ向かった。

 

「植物はかわいそうだな。自分の力で自由に

 

水も飲みに行けないのだから」

 

こんなひとりごとを呟きながら、

 

僕は水道の水をジョウロに満たしはじめた。

 

と、突然、

 

メーメーというヤギの赤ちゃんのような声が

 

リビングのほうから聞こえてきた。

 

何事かと、急いでリビングへ戻ると、

 

声はさっきの、

 

水にあえぐ観葉植物から聞こえていた。

 

それは夜になると強いミントの匂いを放つ

 

珍しい植物で、

 

育てはじめてもう三年になろうとしていたが、

 

こんなにメーメーと鳴くのは初めてだった。

 

「水ならいまやるからさ。そんなに鳴くな」

 

そう呟きながら、僕は植物にジョウロの水を

 

たっぷりとかけてやった。

 

だが、水をやっても

 

植物はいっこうに鳴きやまない。

 

あまりにメーメーメーメーうるさいので、

 

ああもう、いい加減にしてくれ、

 

と僕は耳を塞ぎながら叫んだ。

 

次の瞬間、音声を早回しにしたような、

 

キンキンした声が聞こえてきた。

 

「なにさ。生まれてこのかた、

 

一歩も同じ場所から動いたことがないような

 

人に、かわいそうだなんて言われたくないね」

 

「ぼくは行きたい所へ

 

いつでも自分の足で逝くことができるんだよ」

 

僕は言い返した。

 

「あんたには目の前にあるものしか

 

見えてないじゃないの。

 

わたしなんかここにいながら地球の裏のこと

 

まで全部お見通しなんだからね。フン!」

 

それっきり、ぷつんと声が途切れた。

 

そっと耳から両手を離す。

 

植物はおとなしくなっていた。

 

メーメーという鳴き声も止んでいた。

 

が、まだ夕方だというのに部屋中にミントの匂い

 

が充満していた。