ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

わわーっと駆け下りたもの

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ハロウィンの夜だった。

 

僕は飛行機に乗っていた。

 

コートを預け、広々としたファーストクラスの

 

座席に腰をおろすと、真っ赤な口紅を

 

つけた客室乗務員の女性が、

 

シャンパンが入ったグラスを、

 

トレイに載せて持ってきてくれた。

 

グラスを受け取り、飲もうとすると、

 

泡の立った飴色の液体の中に、

 

金色の微細なカケラがきらきら光りながら

 

舞っているのが見えた。

 

「これは何ですか」僕が乗務員に訊ねた。

 

「はい。それは星のカケラでございます」

 

穏やかな笑みとともに彼女の真っ赤な唇が

 

ぎゅんと真横に伸びた。

 

「そ、そんな。星のカケラなんかが、どうして

 

シャンパンの中に…」

 

僕は慌てて聞き返した。

 

「今月のスペシャルドリンクででございます。

 

どうぞお楽しみくださいませ」

 

そう言うと、彼女は

 

満面の笑みをたたえたまま去っていった。

 

僕は恐る恐るシャンパンを口に運んだ。

 

瞬間、無数の小さな何かが

 

自分の舌にしがみつき、

 

這い上がろうとしているのに気付いた。

 

ええい、這い上がられてなるものかと、

 

僕は舌を前歯の裏に擦りつけ、

 

彼ら(、、)をこそぎ落とそうとしたが、

 

敵もなかなかしぶとい。

 

なかなか舌から離れようとしない。

 

最後にええいっ、

 

とシャンパンを一気に飲み干した。

 

「わらわらわらわらぁー」

 

と、小さな叫び声を上げながら、

 

かけらたちが

 

喉元を勢いよく駆け下りて行った。

 

びっくりした僕が急いで客室乗務員を呼ぼう

 

としたら、前方でブランケットを配っていた

 

乗務員の唇が見る見る三日月形に裂けはじめ、

 

僕が悲鳴を上げる頃には、

 

彼女の首から上がハロウィンのかぼちゃの

 

提灯になってしまっていた。