ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

光玉(こうぎょく)

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街角の新聞スタンドで見かけた夕刊の

一面に、光玉が密かに高値で取引き

されているという見出しが出ていたので、

その夕刊を買って、電車に乗った。

シートに腰掛け、記事を読む。

光玉は、ひと気のない雑木林に出現する

光の溜まり場で、大きな露の塊りの中に、

光の芯が入っていて、

それが光の玉のように見えることから、

光玉と呼ばれるようになったという。

光玉はまた、静かで清らかな場所にしか

存在できない上に、常に移動し続けて

いるため、捉えることはおろか、

目にすることすらままならない、

どんな宝石よりも価値あるものだ

ということだった。

そんな光玉を、

〝光玉ハンター〟と呼ばれる人たちが

信じられない価格で売買しているらしく、

偽物も多く出回っているので注意が必要だ

と記事は伝えていた。

僕は子供のころ、

一度だけ光玉を見たことがあった。

雲間から陽光が射す雨上がりの森で、

木の幹の間に溜まった水溜りの中に

それは存在していた。

透明な水玉の中に何とも言えない

美しい光の塊りがあり、その光を見た途端、

僕の中に得もしれない調和と愛の感覚が

込み上げて来たと同時に、

大きな何かに守られているような、

巨大な安心感に包まれた。

光玉は、弱くなったり強くなったりしながら

光り続けていた。

やがて、その光の強弱に呼応するように

みぞおちの辺りがワクワクしてきた。

ふと思い立ち、その〝溜まり〟に触れよう

とした瞬間、バンと弾かれ、

ぼくは気を失ってしまったのだった。

あの時、光玉に触れずにそのまま

佇んでいたらどうなっていただろう、

と僕は考えた。

それから、あの光玉が売買されたり

誰かに所有されることはあり得ない、

とも思った。

目的の駅に着いた。降りる。

薄暗いホームを歩いていると、

車両最後尾の車掌室から身を乗り出した

車掌が、緑色に光りながら電車と共に

さっと走り去ったので、僕はびっくりして、

しばし呆然とその場に立ち尽くしていた。