ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

瞬間万歩計

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深夜の通販番組で瞬間万歩計を

紹介していたので、見てみた。

「ついに出ました。ナビトルの瞬間万歩計!

新タイプの登場です。この瞬間万歩計は、

あなたが意識しなくても、あなたを

〝今この瞬間〟にいさせてくれる、

まさに画期的な商品なんです」

女性ナビゲーターのものすごい

ハイテンションな声と笑顔で

番組は始まった。

「そして、今日はゲストに女優のノ二さんに

来ていただいています。

ノ二さん、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いしますー」

五〇歳くらいの、痩せた中年女性が

笑顔で出てきた。

「ねえノニさん。ちょっと見てくださいよ、

このコンパクトでエレガントなデザイン」

ナビゲーターは直径三センチくらいの

丸い銀の台に大きな紫の石がはめ

込まれた商品を、カメラにかざして見せた。

「いやあ、もうどう見てもオシャレな

アクセサリーにしか見えないですよね」

女優のノ二が感嘆の声を上げる。

と、画面は幾人かのモデルたちが

瞬間万歩計を身に着けて歩く姿に

切り替わった。

「そうなんです。

ほらこうやってペンダントにしても、

ブローチにしても、それからストラップとして

も利用していただけるんです。

しかも中央にはめ込まれている石も、

アメジストのほか、ターコイス、トパーズ、

トルマリン、の中からお好みによって

選んでいただけるんです」

「うわあ、どれにしようか迷っちゃいます」

それからナビゲーターは瞬間万歩計の機能

について説明しはじめた。

これは人間の脳波と連携していて、

自分の意識が未来へ飛んだり、

過去へ迷い込んだまま五秒以上戻って

こない場合、微量の電流を流して知らせて

くれる、というものだった。

「ただ、従来の瞬間万歩計と決定的に

違うのはですね。なんと感情判別機能が

ついた、というところなんです」

「感情判別機能?」

女優のノ二が困ったような表情で聞き返す。

「ええ。例えばですね。昨日、誰かから、

こんなにひどいことを言われた、って

お風呂で思い出したとしますよね。

でもこの時点ではまだ反応しないんです。

次に

〝こんなこと言われてホントムカつくーっ〟

という感情が出た瞬間に、

初めてこの瞬間万歩計が作動する、

というわけなんです」

「うわあ、画期的ぃーっ!」

「また、明日、朝から会議だわ、ッていう

段階ではまだ反応しないんですけど、

会議でうまく話せるかな、緊張するな、

という恐怖や不安が出た時点でびびーっ、

と反応するわけなんですね」

それから機能を試すために女優のノ二が

実演を始めた。

「わたし、明日スズカゲ劇場で午後六時から

〝イリュージョン〟っていう舞台を

やるんですけど。あら、宣伝しちゃった!」

女優のノ二がペロッと舌を出して笑った。

「でも、すっごく難しい役で、

失敗したらどうしよう、

酷評されたらどうしよう、ッて思うと…

あっ、ぁぁああああ、来ました、来ました、

あっ、すっごいです、これ」

女優のノ二が目を丸くさせて、

驚嘆の色を受けべながら叫んだ。

「こうして、ずっとこの瞬間に居続ける

ことによって、時間を外し、永遠の今を

手にしていただけるというわけなんです」

「ということは、わたしはずっと若いまま、

ということですか」

「その通り。この瞬間万歩計は一日で

〝いまこの瞬間〟にいなかった時間と回数

を記録してくれ、さらにフリーエネルギー

なので半永久的に使用できるんですよ」

「でもぉ…お高いんでしょ?」

ナビゲーターを上目使いに見ながら

女優のノニが訊いた。

「今回限定一〇〇〇個に限り、

たったの二九八〇〇ハート!

しかも、旧式の瞬間万歩計一台を

お付けしての価格です。」

「うわあー、いいんですかあ?」

「ええ、いいんです。さあ、みなさん、

数には限りがありますから、

ご注文はお早めに」

「わたし、決めました。絶対買います」

女優のノ二が大きな声で叫ぶ。

「さらにさらに…。いまお買い上げいただくと

姉妹品の瞬間万歩計イ―ルも

お付けいたします」

「もう、いたせりつくせり!」

「それだけでは…」

やれやれ、と思いつつ、

僕はテレビを消した。