ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

エセ光子

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街に一軒だけある電気屋の軒先に

 

人だかりができていた。

 

どうしたんだろう、と覗いてみると、

 

〝疑似光子発生装置〟の実演販売を

 

やっていた。

 

この装置はずっと欲しいと思っていたので、

 

僕も実演を見物することにした。

 

「みなさん。

 

最近光子不足に悩んでいませんか。

 

光子不足は、あなたの光輪に裂け目を

 

生じさせる原因となります。

 

光輪に裂け目ができてしまうと、

 

そこから光子がどんどん漏れ出して

 

しまいます。

 

最初は本人も気づかないくらいの、

 

ほんの数ミクロンの裂け目ですが、

 

放っておくと、

 

知らない間にどんどん大きくなり、

 

ある日突然、膜が破裂して、全ての光子が

 

空中へ飛び散って行ってしまうのです。」

 

女性の実演販売員が図を使って説明する。

 

「じゃあ、光子が抜けてしまうと

 

どうなってしまうかご存じですか?

 

中でも一番顕著なのは症状は何と言っても

 

自分が自分だと分からなくなることですね。

 

自分の光子が出ていく代わりに、

 

他人の光子も裂け目から

 

自由に出入りしてしまうために、

 

自分と他人が同じもののように思えて、

 

区別ができなくなってしまうのです」

 

怖いでしょう、おそろしいでしょう、と、

 

女性販売員が見物人たちの顔を見回した。

 

「でも、大丈夫。

 

ここでこの疑似光子発生装置の登場です。

 

ほら、みなさん見てください。

 

この緑色の小さな玉をですね、

 

額にこうやって貼りつければ、

 

ここからあなたの光子と同じ配列を持つ

 

疑似光子が発生して、

 

光の裂け目を修復してくれるんです。

 

政府認定ですから安心ですよ。

 

みんな、自分が誰だかわからなくなるなんて

 

絶対に嫌ですよね。

 

もっと、この世界を楽しみたいですよねえ」

 

楽しみたーい、という声が

 

人だかりの中から聞こえてきた。

 

「それでは、ちょっとやって見ましょう」

 

女性がその玉を自分の額に貼りつけた。

 

玉は一瞬緑色に光り、

そこから小さな光の粒子が

 

彼女の頭の周辺を覆い始めた。

 

「おお。すごいな」

 

「本当に光ってる」

 

人々は口々に呟いた。

 

「それだけではないんです。

 

玉の色はなんと二十六色の中から

 

お好きな色を選んでいただけるんですよ」

 

「でも、お高いんでしょ」

 

見物人の1人が叫び、周囲がどっと笑った。

 

「それがですね。

 

今日だけたったの二千ハーツ!

 

それに、いまお求めいただくと、

 

お子様用疑似光子装置もお付けします」

 

その言葉と同時に、購入者が殺到した。

 

僕も一つ欲しいと思ったが、

 

装置はあっという間に完売してしまい、

 

結局、僕は買えずだった。

 

 

その夜、開け放った窓から光の粒が

 

いくつか舞い込んできた。

 

光の粒は僕の周りをしばらく浮遊していたが

 

僕が入っていいよ、というと、

 

ゆっくりと入ってきて、

 

僕の光子と一体になった。

 

一瞬、みぞおちの辺りが、

 

ひゅんひゅんと騒ぎだし、それはやがて、

 

とても幸せな感覚に変化した。

 

「自分って、こんなに幸せだったのか」

 

そう思った瞬間、

 

とてつもない悦びの波が押し寄せ、

 

それから僕はひとり、

 

その場でひゅんひゅんと発光し続けていた。