ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

ポンと上がった話

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お囃子が鳴り響くお祭りの縁日に

〝ポン玉掬い〟の屋台が出ていた。

「いらっしゃい。いらっしゃい。

ポン玉掬いだよ。掬えたらすぐ上がりだよ」

水を張った大きな青い水槽の前で、

ピエロに扮した男が客寄せをしている。

幾人かの見物人が立ち止まり、

水槽を覗きこんだ。

「水槽に何も入ってないじゃないか」

不思議に思った見物人がピエロに訊いた。

「ポンはちゃんとこの中にあるよ。

でも、透明だから見えないだけだよ」

とピエロ。

「じゃあ、

水槽に手を入れて触ってみてもいいかな」

別の見物人が言った。

「いいよ」

見物人が水槽に手を入れて見た。

が、なにも手ごたえは感じられないようだ。

「やっぱり何も入ってないじゃないか」

見物人が文句を言った。

「ポンは掬えた人にしか見えないよ」

その言葉を聞いた見物人たちは、

大きく溜め息をつくと、困ったように

首を振りながら去って行った。

「あのう。

ポンを掬えれば上がれるんですよね」

一〇歳くらいの少女がピエロに訊いた。

「そうだよ。ポンと掬って上がりだよ」

「じゃあ、やってみます」

銅貨を差し出すと、

少女が水槽の前にしゃがんだ。

「さあ。これで掬うんだよ。」

ピエロは銅貨と引き換えに、

針金の輪に網を取り付けた掬い網を、

少女に手渡した。

少女が掬い網を水槽に入れ、

泳がすように左右に移動させる。

が、手応えはない。

「ねえ、見てよ。

この子がポン玉掬いに挑戦しているよ」

やがて少女の周りに人たかりができた。

「がんばれ」

「上手くやれよ」

みんなが口々に応援する。

「あっ、かかった」

少女が声をあげた。

ぐるぐると水中で網を回したかと思うと、

ざばっ、と網を掬いあげた。

と、コブシほどのポン玉が、

勢いよく網から飛び出してきた。

「うわっ」

ポン玉は、地面や、夜店の天井や、

ビニールシートにぶつかりながら、

ポンポン跳ね続ける。

そして、ポンがある婦人の方へ撥ねて

いったとき、えいっ、と婦人がそのポン玉を

手で打ち返したので、はね返ったポン玉は

少女の額を直撃し、そのまま少女と一緒に

夜空に飛んで行ってしまった。