ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

たそがれカクテル

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ある大富豪が主催する

カクテルパーティーに出席した。

そのパーティーはレンガ造りのビルの屋上

で行われ、夕方6時きっかりに始まった。

夕陽が辺り一面をオレンジ色に染めるなか

タキシードを着たバンドの一団が、

ジャズの音色を奏で、

その中をきれいに着飾った人たちが

行ったり来たりしていた。

心地よい秋風に、

女性たちのドレスや髪がひらひらと揺れ、

なんともいえない風情をかもし出していた。

このパーティーでは、

ブースごとに並んだバーテンダーたちが、

参加者の注文どおりにどんなカクテルでも

作ってくれるということで、

カウンターにはたくさんのリキュールが

所狭しと並べられていた。

僕は一番年配のバーテンダーがいる

ブースへ行き、カクテルを注文しようとした。

「どんなカクテルをご所望ですか」

彼はゆっくりとした口調で言った。

「どんなカクテルでも作って差し上げますよ」

彼は穏やかな笑みを浮かべながら、

こちらを見つめている。

「それじゃあ、本当に生きている人と

そうでない人を見分けるカクテルを

作って下さい」

僕が言った。

「かしこまりました」

年配のバーテンダーは、

しばし挑戦的な眼差しを僕に向けてから、

カウンターに並んでいる、

いくつものリキュールを

計量カップではかりはじめた。

最後に茶色いビンを取り出すと、

その中の液を2、3滴シェーカーに垂らし、

それから僕にちょっと微笑みかけてから、

バーテンダーがシェーカーを振ったた。

カラカラという小気味よい音があたりに響く。

「さあ、どうぞ。できましたよ」

カクテルグラスに注がれた液体は

濃いぶどう色をしていた。

「強烈ですので覚悟してお飲みください」

「ありがとう」

僕はカクテルグラスを受け取ると、

礼を言ってその場を離れた。

夕日にグラスを透かせば、

紫色の液体が琥珀(こはく)色に変化した。

一口啜ってみた。

甘酸っぱいリキュールの味が

口いっぱいに広がった。

そのあと、なんとも言えない渋味が

舌の上に残った。

その渋味を感じた途端、意識が遠のいた。

そして、かすんでいく意識の中で、

ただおぼろげに覚えているのは、

外ばかりを見ている人たちの群れと、

内ばかり見ている人の群れ、

そして、その人たちを見つめている

人たちの群れ、だった。