ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

じゅんぐりごっこ

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ある早朝の出来事。

部屋で眠っていると玄関のドアを

ドンドンと叩く者がいる。

眠いので無視していたが、

ノックの音は続いた。

僕は布団を跳ね除け、

眠い目をしょぼつかせながら

玄関に向かった。

「誰ですか。こんな朝早くに」

僕がドアの向こうにいる訪問者に叫んだ。

「あなたです」

ああ、また来たよ、と思いながら

ドアの鍵を開けた。

案の定、目の前には

早朝の薄闇を背景に〝僕〟が立っていた。

「おはようございます」

と〝僕〟が挨拶をしてきた。

「おはようございます」

あくびをしながら僕も挨拶を返した。

「で、今日は何ですか。こんな朝早くから」 

僕が訊いた。

「どうもこうもない。今日はどうしても一言

 言ってやらねばと思ってやって来たんだ」

〝僕”が僕を睨みつけた。

「はい、どうぞ言ってください」

僕は頭をかきながらもぐもぐと答えた。

「君はあまりに最近うまく行き過ぎている。

 仕事も順調だし金にも困っていない。

 みんなからは尊敬され、

 こんないい部屋にも住んでいる。

 その上健康で、

 周りはみんないい人ばかりだ」

〝僕〟が僕を指さして言った。

「それがどうしたって言うんだ。

 なにか君に迷惑でも?」

「おおありさ。

 おかげで僕のほうは最悪なんだ。

 失業するし、恋人は僕の有り金を全部

 持って逃げてしまうし、

 アパートも追い出されたよ。

 おまけに明日から入院して胃の手術だ」

やっと寝ぼけていた頭がはっきりしてきた。 

僕は目の前に立っている

もう一人の自分を直視した。

彼の髪はぼさぼさで半分灰色がかっている。

精気のない顔は土気色だった。

目の下にはクマができ、

ひどく消沈した様子で、

泣いているような、笑っているような目で

こちらを凝視している。

そんな彼の様子を見ているうち、

なぜか涙がこみあげてきた。

「ごめん」

そう言って、僕は〝僕〟を抱きしめた。

「いいさ。どうせ次は君が僕なんだから。

 でも……」

眼前の〝僕〟が

凛とした眼差しでこちらを見た。

「もう終わりにしたいんだ。

 この〝じゅんぐりごっこ〟をさ。

 それには君の協力が必要、

 というわけなんだ」

「じゃあ僕はどうすれば?」

「起きてくるものを全部手放してほしいんだ。

 心の中だけでいいからさ。僕もそうする」

「そうすれば

 僕たちはこの〝じゅんぐりごっこ〟から

 出て行けるんだね」

〝僕〟が頷く。

「わかった。やるよ」

僕は〝僕〟の目を直視して言った。

「ありがとう」

次の瞬間〝僕〟は消えていた。

朝日が開け放った扉から差し込んできた。