ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

キミと君のきみ

f:id:shusaku1:20210118001902j:plain

 

雨風(あめかぜ)が

びゅんびゅんと吹きすさぶ嵐の夜に

家のドアをノックする者がいた。

「はい、どなたですか」

覗き穴からドアの外を覗いてみた。

「きみだよ」

外にはスーツを着た

三十代くらいの見知らぬ男が、

風に煽られながら立っていた。

「きみって、それは名前ですか?」

再度訊き返した。

「だからキミだって言ってるだろう」

男はイラついている。

「僕ならここにいますよ。だからあなたが

僕であるはずがないじゃないですか」

僕はもう一度

覗き穴から男の姿を観察してみた。

強風に髪は乱れ、

無精ひげはぼうぼうだったが、

見覚えはあった。僕だ。

「やっとここまで来たというのに。

君は君自身を見捨てるつもりなのか」

男は叫んでいる。

見ると男の姿が

半透明に透けはじめているではないか。

びっくりして僕は扉のロックを解いた。

風圧で扉が内側に勢いよく開いた。

同時に雨と風がわっと吹きつけてきた。

両手で顔を覆いながら外を窺がう。

男の姿は消えていた。

そう言えばさっき、

吹きつけてくる強風と共に

なにかがぱっと自分の横をすり抜けて

行ったような気がした。

やっとの思いで扉を閉め、

風雨でめちゃくちゃになった室内を見渡せば、

ソファの上で

何か小さな黒い物体が蠢いている。

よく確かめてみると、

それはずぶ濡れになった

一匹のカブトムシだった。