ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

あがりの人

 

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日曜日の午後、友人の家に行こうと、

家の前からバスに乗った。

バスは混んでいた。

仕方なく僕はつり革につかまり、

ぼんやりと過ぎ行く風景を見つめていた。

次の停留所で目の前に座っていた人が

バスを降りていった。

その空(あ)いた座席に僕は腰を下ろした。

「きみはもうこれで何周目だ?」

突然、隣に座っていた、

黒いコート姿の老人に話しかけられた。

深いしわの刻まれた顔は柔和で、

声ははきはきしていた。

「えっ、僕ですか」

「そうだ。何週目かと訊いている」

僕は考えた。

このバスは循環バスなので、

きっとそのことを言っているのだと思った。

「さっき乗ったばかりですから、まあ、

一周目ですかね」

「どっち回りに?」

答えに戸惑っていると老人が叫んだ。

「わしは左に三周半!」

「はあ。そうですかあ」

僕は何かに感心したように相槌を打った。

「じゃあ僕は右回りに一周です」

「そうか。じゃあ互いに向かい合って

反対方向へ三周づつっ!」

老人が声を張り上げた。

回りの乗客たちが一斉にこちらを見た。

そして、老人は愉快愉快、と言って

大声で笑った。

その時、周りの乗客たちの両目がなぜか

猫の目に変わっていたので、

なんだか楽しくなってきた僕も、

老人と一緒に大声で笑いだした。