ジンジャー・タウン

星谷周作創作坊

シガー紳士

 

僕がカフェテラスでコーヒーを飲んでいると、

シルクハットを被った年配の紳士が

やって来て僕の近くの席に腰掛け、

ひとり葉巻を吸いはじめた。

紳士はドライシガーの先に

ライターで火をつけ、一服した。

やがて、葉巻から立ち上る紫煙とともに、

甘い香りが僕のところまで漂ってきた。

しかし、僕はやがて妙なことに気づいた。

この紳士は葉巻を吸い続けているが、

吸った煙を全く吐かないのだ。

一服吸っては、煙を呑みこみ、

また一服吸っては煙を呑み込む、

を繰り返している。

やがて、紳士の顔が真っ赤になり、

息苦しそうに顔をしかめはじめた。

それでも紳士は葉巻を吸い続けた。

「う…うううっ、んっ。」

ついに紳士は立ち上がり、僕に向かって、

なにやら手で背中を指差し、

合図を送ってきた。

僕はすぐざま紳士の後方へ回り込み、

彼の背中をバンッ、と叩いてやった。

その瞬間、紳士の口から紫色の煙が

大量に吐き出された。

紳士はもっと叩け、と合図を送ってくる。

「えいっ!」

僕が彼の背中を連続して叩く。

「ぐへっ。」

そのとき、紳士の頭のてっぺんから

大きな煙が噴き出し、

被っていたシルクハットがポン、

と吹き飛んでいった。

紳士の動きが止まった。

と、まるで頭だけを切り取ったかのように、

紳士の頭が額からパカリ、と開き、中から

人の顔をした小さなヒヨコのような鳥が、

幾匹も走り出してきたかと思うと、

ものすごい勢いで

路地の向こうへと走り去って行った。